【臨床→製薬への転職】どのような会社のどのようなポジションにつくべきか

あなたは臨床医で、製薬企業への転職を検討している。

Linkedin経由で数名のリクルーターとコンタクトしたら、あっという間に彼らから数多くの企業の案件を紹介されることになる。外資と内資、ファイザーやノバルティスのようなメガファーマから、あまり名前を聞いたことのないマイナーな製薬企業まで、幅広い求人リストをくれるだろう。

所属部署に関しても、開発部とメディカルアフェアーズをメインとして、安全性部門から場合によっては事業部まで、実にバラエティ豊かだ。

しかしながら、臨床経験しかない医師が、このような求人リストの中から自身にフィットする案件を絞り込めむことは、かなり難しい。実際、自分もそうであった。

本記事では、臨床→製薬、製薬→製薬の2回の転職の経験をもとに、企業の特性による大まかな傾向や主な部署の特徴を紹介し、どのように候補先を絞ればよいのかを説明したい。

企業の絞り方

外資か内資か

自分は外資での経験しかないし、周りの知り合いも外資(またはTakeda)ばかりなので、外資の魅力について書いてみたい。

まず、外資系企業に入ると「外資系サラリーマン」の称号と生活が手に入る。多様なプロフェッショナル集団との協働、フレックスタイムやリモートワークに等の融通が効きやすい働き方、国内外でバリバリに活躍している人たちとの会議、クロスファンクショナルチームによるプロジェクトの遂行、グローバル本社との英語会議、高給(内資と比較して)、などである。もしあなたがこれらのキーワードに敏感に反応するようであれば、外資系企業一択である。

内資系の魅力としてよく聞くのは、内資の場合は本社勤務になるということである。外資の場合、日本のオフィスはあくまで支社の一つであり、基本的には本社の方針に従うことになる。しかし内資で本社に勤務している場合、自分の所属組織が方針の決定権をもつ。これは大きな違いである。

僕の場合は「外資系サラリーマン生活」へのあこがれが強かったのでこの点はあまり悩まなかった。

メガファーマ vs Mid-Size ファーマ

製薬業界は、基本的には米国市場を頂点とした、グローバル企業ばかりである。

俗にメガファーマと言われる会社は、ビジネスとしての規模が大きく、豊富なパイプライン(開発薬のラインナップのこと)を揃えており、従業員数も多い。大きくて体力のある組織の場合、それだけ社内での異動や昇進のチャンスが増えるかもしれない。

逆に、組織が大きいほどそれだけ業務や領域が細分化されていて、例えばメディカルアフェアーズの肺がんチームと言っても、抗がん剤チーム、免疫チェックポイントチーム、新薬チーム、のように細かく分かれていたりする。階層が深ければそれだけ経営陣やグローバル本社との距離も遠くなり、より歯車っぽい仕事が増える側面もある。

それでも、やはりメガファーマに在籍しているという安心感はとても大きい。特に、業界をよく知らない人や家人へ話すときに名の知れた企業だと、ウケは良い。

では逆に、Mid-sizeファーマと呼ばれるような、あまり大きくない製薬企業の魅力は何だろうか。

人員が少ないので、一人一人がバラエティのある業務を担うことになる。例えば、肺がんと胃がんとを一人で担当する、というような状態になる。専門性が深まらないともいえるかもしれないし、それだけ多くの幅広い経験が積めるとも言えるかもしれない。

また組織が小さくなる(階層が浅くなる)と、必然的にグローバル本社との距離が近くなる。そのため、英語でのコミュニケーションや会議が増える。メガファーマではDirector(部長)レベルでないと参加できないような会議でも、組織が小さくなれば比較的下っ端でもガシガシ参戦できる。これも大きな違いである。

ただ、企業の規模が小さくなれば、それだけグレーゾーンの仕事が生じやすい。自分のファンクションとしては本来やるべきではないorやりたくない仕事を振られる機会も増えるかもしれない。理想的な労働環境を自分でしっかりと確保する工夫が重要になる。

暫定的な結論ではあるが、初めての製薬企業への転職は、極力メジャーな企業へ行った方が良いと思う。特定の疾患領域や薬剤に強い思い入れがある場合を除き、初めての転職の時は企業内でのふるまい方や自分の向き不向きがわからない。そのため、より組織としての機能がしっかりしている大きな企業のほうが安心だろう。

 

部署及び役職の選び方

開発部

開発部で取り扱うのは、基本的には治験に関連する業務である。

グローバル本社が計画・立案した治験を、大学病院に代表される国内の研究病院と連携しながら、日本で実施することを目指す。治験を実施する科学的根拠を記述したり、試験のデータを分析し、PMDA等の関連当局と議論を重ねながら承認申請を目指す。少ない症例数で実施されるのPhase1試験から、NEJMやLancetに載るような大規模Phase3試験まで、各治験に関わることができる。

開発部の人材に求められる能力は、疾患及び薬に対する医学的な理解はもちろん、該当領域の臨床経験(あれば)、治験担当施設の医師とのコミュニケーション力、プロジェクトを取り仕切るマネジメント能力、グローバル本社と協同しながら仕事を進めていくための高い英語力などが必要になる。

開発部には、レギュラトリーアフェアーズ、プロジェクトマネージャー、薬理や非臨床、統計解析、メディカルライターなどのチームがある。開発部には、多くの医師が在籍しているし、開発部の要職はMDである製薬企業が多い。

 

メディカルディレクター

臨床開発のメディカルディレクターは、主に医師が就く役職である。主な仕事内容としては、日本の臨床環境を踏まえグローバル治験を日本でどのように実施していくかという開発計画の立案、治験に関連する各種書類の作成及びレビュー、治験実施中では治験実施施設の医師との密なコミュニケーション、申請書類の作成およびレビューなどが挙げられる。また、学会発表や論文執筆や、事業部やメディカル部と連携して、上市後の戦略へ科学的/医学的インプットも実施する。クロスファンクショナルチームにおいて、プロジェクトを成功へ導くリーダシップの発揮も期待されている。

臨床経験10年前後、企業経験5年以上、ビジネス上級レベルの英語力など、それなりの経験及びポテンシャルが求められる役職である。

 

メディカルアフェアーズ

メディカルアフェアーズでは、医師と医学的科学的な観点からのディスカッションを行い、疾患啓発や処方の適正化を図ろうという部署である。対象となる薬剤は主に上市後のものとなり、開発中の薬には積極的にはタッチしない。

メディカルアフェアーズの具体的な業務としては、領域をリードしている医師から最新の知見を得るための面談、市販後データ解析・論文誌筆、学会発表、患者向けの疾患啓蒙セミナーを企画、勉強会の援助などがある。その他ウェアラブルバイススマートフォンアプリなどに関わるなど、幅広い業務を行っているが、各社かなり差がある印象だ。

メディカルアフェアーズには、戦略部、MSL部(後述)、ME部(Medical Education医師向けの教育企画等の担当)、EG部(Evidence Generation。試験の計画立案、論文執筆や学会発表の作成等)、Digital部(ウェブサイトなど)などがある。

 

メディカルアドバイザー/戦略担当

メディカルアフェアーズの各チームの司令塔して、戦略を立てるのがメディカルアドバイザー(Therapetic Area Leadなどと呼ばれることもある)である。医師が製薬へ転職する場合、よく勧められるのがこの役職で、僕の前職もこれである。

メディカルアドバイザーは、医師が多いが、PhDの方も在籍している。

主な業務としては、上市後の薬剤とその関連領域に対して、MSLからのインサイト、学会発表や論文、臨床医とのコミュニケーション等を通して得た知見を収集・分析し、重要な医学的/問題点や、現状満たされていない課題(アンメットニーズ)を同定し、必要なメディカル活動を計画及び遂行することである。

自社でも積極的に学会発表や論文執筆などを通してエビデンスの創出及び発信を行う(EG部と別れていることもある)。自社でPhase 4試験を立案することもあり、臨床医と議論しより意義のあるスタディデザインを検討し、プロトコル執筆や各関係部署との調整を行う。

また、事業部や開発部ともメディカルアフェアーズの窓口として積極的に連携し、クロスファンクショナルチームにおいてリーダーシップを発揮することも重要な役割の一つである。

このように、メディカルアフェアーズ内ではかなり重要なポジションで、元MSLでエースだった人や、製薬企業歴20年のようなベテランの方などが就いている。元臨床医がMDだからという理由でいきなりこのポジションにつくと、求められている能力が全く間に合ってないので結構大変である。

 

MSL(Medical Science Liason)

MSLは、疾患領域の著名な医師との面談を通し、現在の医療現場のリアルな状況や課題、医師の問題意識などの情報を収集する、主に現場で活動する部隊である。元研究者やPhDを持っているアカデミックなバックグラウンドの人たちで構成されている。

最近では医師の最初の製薬キャリアとしてMSLで就職することも増えてきている。

元臨床医のMSLであれば、面談相手の医師もより話しやすいし、収集した情報の理解も臨床現場のことをよく知っているので、より適切に行うことが出来る。同僚のMSLに、医師との接し方をアドバイスすることもあるだろう。

このように元臨床医のMSLは、MSLとしてのポテンシャルがかなり高いと考えられる。だが一方で、これまでは臨床医同士である意味同等でディスカッション出来ていた相手に対して、製薬企業のMSLとして接すると、いきなり自分の扱いが下になってしまう面は確かにある。人によっては、そのギャップがなかなか耐え難く、MSLはしんどいという感覚を持つ人も居るようではある。

ちなみに元臨床医のMSLは、周りのMSLと比較して給与が高く(下手したら上司より高い場合もある)、MSL活動以外の価値提供が求められることが多いようである。

 

企業や役職で待遇(年収)はどうかわるか

これも気になる点だろうが、実はあまり変わらないようである。

基本的には臨床医時代の給与(基本給+時間外+バイト代)を参考に、そこから100-110%程度でオファーが出ることが一般的である。そのため、年収1100万円のメディカルアドバイザーや、年収1500万のMSLが存在することのなる。

この給与の計算方法は、どのような企業のどのような役職だとしても、製薬企業へ元臨床医の肩書を利用して就職する限り、大きな差はないと考えてよさそうだ。

もし可能であれば、臨床医時代に頑張ってバイトして給与の合計額を水増ししておくのも一考である。

 

結局、就職の決め手は人の縁

製薬企業である限り、どの企業だとしても、似たような組織構成になっているし、元が臨床医であれば似たような役職に就くことになる。そのため、求人案件を選ぶポイントは、①その企業の特性(注力領域、パイプラインの数、社風など)と、②直属の上司になる人との相性の2点で選ぶことになる。

特に、②はかなり重要で、同じ役職だとしても、尊敬できる上司で前向きに仕事に取り組む環境と、上司とあまりうまくいっていない環境では、仕事環境は天と地ほど差がつく。

自分を振り返ってみると、初めての製薬企業への就職の際も、2社目の製薬企業へ転職した際も、面接官(のちの上司になる人)との相性で決めていた。どちらの場合も面接で「なんかすごい人だな、面白い人だな」と直感した。実際、入社後も初回面談時の印象がひっくり返ることはなかった。

どれだけ名のある企業だとしても、面接のときに「どうもあまりしっくりこないな」となるのであれば、そのオファーは避けたほうが賢明かもしれない。

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これまで長々と書いてきたが、製薬への初めての就職の際は、わからないことだらけだし、そもそも企業では働くこと自体が自分に合うのかもわからないのが通常である。

いろいろ思うところはあるだろうが、それでも「自分はこれまで臨床でそれなりに頑張ってきたし、もし製薬がうまくいかなくても、臨床に戻ればよいだけだ!だから出来る限りやってみよう」と考え、思い切って飛び込んでほしい。

きっと、これまでの臨床医の人生とは、また違った世界が見えるはずだ。