【臨床医→製薬企業】製薬企業が臨床医に求める条件とは

日本にある製薬企業内では、内資・外資含め、社内で働いている医師が存在する。数は多くないが、主に開発部やメディカルアフェアーズなど、サイエンスを扱う部署に所属している。

あまり知られていないことだが、製薬企業による医師向けの求人は常に公開されている。各会社のウェブサイトや転職サイトを閲覧したり、転職エージェントとコンタクトを取れば、すぐに情報を集めることが出来る。

公開されている求人を見ると、臨床経験〇〇年以上、十分な医学的知識がある、コミュニケーション力がある、TOIEC800点以上が目安・・・、などといった条件が並んでいる。初めての転職の場合、どの求人も難易度が高いように思えるし、どの条件が大事なのかよくわからない。自分はこの条件は満たしていないけど可能性はあるのか?等の様々な疑問が浮かぶことになる。

本記事では、臨床医から製薬企業への転職を検討している方々に向けて、これまでの私の経験(臨床→製薬、製薬→製薬への転職)、知り合いの製薬企業医師からの意見、転職エージェントの情報などを総合し、製薬企業がどのような医師を求めているのかを説明したい。

 

製薬企業が臨床医に求める条件

製薬企業は臨床医の「知識だけ」は求めていない

そもそも製薬企業側から見て、医師を採用するメリットはどこにあるのだろう。まず思いつくのが、医学や科学に対する知識だろう。しかし、知識面での貢献はかなり限定的であるというのが僕の実感だ。

医師が採用される部署は、開発部やメディカルアフェアーズのような主にサイエンスを取り扱う部署である。製薬企業の中でこういった部署に所属している人は、元研究者だったりPh.Dを持っていたりと、アカデミックなバックグランドの人が多い。そして自社製品が対象とする疾患に関しては、とてつもなく詳しい。最新の文献やガイドライン、論文を隅々まで読んでいることはもちろんだが、多くの学会にも出席しているし、公開/未公開の研究や、各大学の人事の状況などにも精通している。

長年その疾患だけを担当し続けている化石のような人もいて、こういう人は専門医にも負けない知識を持っている。人脈もすごくて、例えば有名大学の大ベテラン教授と若いころから20年以上の知り合いで常に情報交換してきた、といった医局の生き証人のような人も存在する。臨床医はいくら専門を持っていると言っても単一の疾患ばかり見ているわけにもいかないし、勉強だけしているわけにもいかない。

そのため、知識だけで製薬企業内で活躍するのは結構厳しいのである。

 

医師しか提供できない「臨床経験」の持つ価値

では、製薬企業が求める医師の価値、「臨床経験」とは何だろうか。

それは、実際に臨床医として現場に立ってきたという経験そのものである。現場で診療業務にあたっていたからこそ言える意見は、製薬企業にとって何物にも代えがたい価値を持つ。臨床医は、医師が普段どのようなことを考えてどのように仕事をしているのか、患者と医師がどのように付き合い治療が進んでいくのか、といったことを、身をもって体験している。これは大きな武器だ。

仮にその領域の知識が入社時にそこまでなかったとしても、現場を知っているからこそ、知識のキャッチアップも早い。新しく担当する領域の先生とのコミュニケーションも、非医師の方よりスムーズに行うことが出来る。自分の専門外の領域でも、担当患者の相談を通してその科の医師と交流があったり、研修医の時にその科をローテ―トしていただけでも、わかることはかなりある。

企業に入社後、現場の医師と話すときも、「元医者」の登場に対して「やっと話の分かるやつが来た」といった反応をされることもある。このように、元臨床医は、医療現場の「ノリ」や「空気」を知っている。これは圧倒的なアドバンテージである。

一般人では知り得ない「臨床現場のリアル」を語り、さらに現在第一線で戦っている先生方と対等にディスカッションするには、ある程度現場にどっぷり使った経験が必要である。具体的には、最低5年以上、できれば10年弱の臨床経験が求められている。ちなみに僕は5.5年目であった。

ただ、医師4年目ぐらいでも転職に成功している知り合いもいるし、実際はケースバイケースな印象ではある。確実に言えるのは、もしこの記事を読んでくれているあなたが医学生だったり初期研修医だった場合は、今は製薬企業のことなんか忘れて目の前の臨床業務に全力投球しなさい、ということである。

 

何科の医師が求められているのか

一般的には、その製薬企業が注力している疾患領域と被っている科が評価されやすい。例えば、血液内科医が白血病の治療薬を持つ企業を目指したり、膠原病科医がリウマチの抗体製剤を開発薬に持っている企業に申し込むなどだ。

現在、世界の製薬企業が最も力を入れているのが抗がん剤で、売り上げも大きいし、開発予算も多く投入されている。そのため、各専門科でがんを担当していたり、腫瘍内科医の先生も、非常に評価は高いと考えられる。自分の専門性の裏付けとして、各種専門医を取得しておくのも、有効である。

専門科が会社の注力領域と完全に同じでない場合はどうだろう。内科医全般や、総合診療医、ER医あたりは、「全身を診れる医師」としての評価を受けることが出来るので、少なくとも不利にはならない。また意外?だが、麻酔科も「全身が診れる」ということで、比較的就職しやすいらしい。

逆にあまり評価が高くないのが、手技が多いマイナー科や、外科である。もともと内科的な考えが乏しいし、切った張ったのクリアな世界観の方々であり、おまけにプライドが高い人が多いので、なかなか企業という組織になじめないというのが理由らしい。あとは神経内科や精神科も、薬を使う医師ではあるが、独特の価値観考え方を持っている人が多いというイメージが強いらしく、あまりウケはよくないと聞く。放射線科や病理も先述の「臨床経験」が少なく、あまり魅力的な候補者とは映らないらしい。

以上が、製薬企業が求める診療科の特徴である。

しかしながら、製薬企業への就職を検討する段階で既に特定の科にける臨床経験は積まれているはずで、就職時に変更できるものでもない。むしろ、自分の診療経験がどのように製薬企業に価値をもたらすことが出来るか、という説明文をブラッシュアップすることを頑張ったほうが生産的であろう。

なお、あなたが今どの科を専攻しているにせよ、一般内科や救急外来の経験があれば、それはしっかりと職務経歴書±CVに記載しておこう。このような経験は「全身が診れますよ」アピールにつながる。

 

アカデミックな実績

先述したが製薬企業内で医師が所属する主な部署は、開発部、メディカルアフェアーズ、安全性部門などの、医学(科学)を取り扱う部門である。

開発部では治験、メディカルアフェアーズでは自社製品に対する医師主導試験や企業主導試験、安全性部門では市販後調査などを担当する。どれも、特定の切り口で患者のデータを収集しそれを解析して発表することが主な業務である。そのため、医学情報へのリテラシーはもちろんのこと、試験実施計画書、統計計画書、インフォームドコンセントフォーム、当局への申請書類などの改修や執筆、英語版の翻訳のチェックなどが主要なアウトプットとなる。

このような業務は、これまでの臨床医人生を通して、学会発表や論文執筆、他施設共同試験への立案や参加経験といったアカデミックな経験があると理解が早し、業務に取り組みやすい。そのため、アカデミックな実績をたくさん持っている医師の評価は高くなる。Ph.DやMPHを持っていると、さらに箔がつく。

また、事前にアカデミックな活動に注力しておくことは、自分が製薬企業へフィットするのかを測る物差しにもなる。もしあなたが製薬企業への転職を考えているのに、臨床にしか興味が無くて、アカデミックな活動に対してすぐに蕁麻疹が出てしまうタイプであるならば、今一度キャリアプランを再検討したほうが良いだろう。

ちなみに転職時の僕は、原著論文1、学会発表10個ぐらいだった。

 

リーダーシップの経験

製薬企業では、いくら希少な医師といっても、ほかの職種との間に上下関係はなくて、基本的には対等である。

企業組織では、多様なスペシャリストとディスカッションを重ね、よりよい成果を出せるようにチームで議論していくことが必要がある。周りと協力し、場合によっては「そこをなんとかお願いします」と頭を下げるシーンも出てくる。

臨床医は、自分で方針を判断して一方的に指示を出して業務を進めることが多い。自分は元が総合内科医で臨床医としても他科へお願いするシーンが多かったのですぐに適応できたが、専門科医や外科医などのオラオラ系はなかなか切り替えが難しいのではないだろうか。こういった根回し力がないと、大きなプロジェクトを進めることはできないし、日々の業務にストレスを感じてしまう。

製薬企業の採用担当は、候補者の医師が「企業組織への適性があるか」を非常に気にしている。それは、臨床医から製薬企業へ転職した人の実に1/3が、1-2年以内に企業を辞めて臨床へ戻っているという事実(エージェント情報)からも、重要性が分かるはずだ。

製薬業界では、臨床医からの初めての転職よりも、製薬→製薬への2回目以降の転職の方が、よりよい条件(給与、勤務日数、リモートの条件など)を提示されることが多い。これは中途の場合候補者が「製薬企業でそれなりに実績を出しており、企業で働くことへの最低限への適性がある」ことをファクトとして示せるからだ。

さて、前置きが長くなった。

ここで伝えたい点は、もしあなたが臨床医の時に、チームの一員として組織改革や業務改善に取り組んだり、病院組織横断的な活動を立案・実行していたり、若手を率いて教育を行うなどの活動を行っていた場合、それは積極的にアピールしたほうが良いということだ。こういったリーダーシップ(必ずしも自身がリーダーである必要はない)を持っている臨床医は、企業への適性がある可能性が高く、評価されやすい傾向にある。

僕の場合、専門性やアカデミック活動は大したことなかったが、このリーダーシップの実績と後述の英語力の2点で、ポテンシャルを評価してもらったと思っている。


英語力はnice to have。もし得意なら強力な武器になる

外資系製薬企業では、マネージャークラスの人は、相当の英語力をもつのが普通である。ネイティブが複数参加している会議で効果的な発言をしたり、英語のメールで正確なコミュニケーションが取れたりするレベルである。だいたいTOIECで800点ぐらいではないだろうか。

外資の場合日本支社でも、役員レベルになると外国人が増えてくるし、会議も重要な会議であればあるほど、英語になることが多い。このような組織で自分をアピールし評価されるには、英語でのパフォーマンスが重要となる。自分の業績結果の文章も英語で書く必要があり、その内容によって昇給やグローバル本社への短期/長期の転勤が決まったりすることもある。英語が出来ないと、このようなチャンスを逃すことになる印象である。

もしあなたが帰国子女だったり留学経験があったりする場合は、TOIEC/TOEFLの結果等も交え、自分の英語力をどんどんにアピールしよう。逆にそこまで英語力に自信がない場合は、特に触れないほうが良いかもしれない。なお、英語論文の執筆や海外学会でのプレゼンの実績があれば、それだけで「英語力は必要最低限はある」と評価されるという人も居た。

余談だが、自分の知り合いのMDであまり英語が得意ではない方は、入社後に英語力の改善を指示されて、社費でマンツーマン英語トレーニングコースに入れてもらっていると言っていた。会社が英語力改善のために、お金を出してくれたり業務を調整してくれるところからも、それだけ重要視されていることが分かるだろう。

ちなみに、英語力がどれだけできても入社後に英語を使うかというのは、自分の役職と部署によりけりであり、実務レベルで必要かというのはまた別の議論である。

 

住んでいる場所が関東か関西(かなり重要)

雇用の条件に、居住地が関東(関西)でオフィスへ2時間以に出勤できる、という物理的な制約を設けている会社が結構ある。自分の場合は神奈川在住でオフィスが東京だったのでほとんど問題にはならなかったが、地方都市からリモート勤務を希望する臨床医もそれなりの数が居て、ある意味一番厳しい条件であったりする。

多くの製薬企業では、コロナウイルスの影響もあり、現在は週2-3日のみのオフィス出勤や、完全リモートでの勤務を認めている会社が多い。しかし初めての臨床医からの転職の場合、そもそもリモート勤務で成果を上げた実績が無い。製薬企業側からしてみれば、もともと現場オンリーの業務である臨床しか行っていなかった候補者が、就職後に初めて100%リモートで勤務しますというのは、非常にリスクが高いと捉えられるようだ。

逆に言えば、例えば最初の半年~1年は単身赴任してオフィスの近くに住み、実績が認められてきた段階で、本来の居住地からリモート勤務に切り替える、などという戦略も考えられる。

この辺りは会社間での違いや状況により大きくことなるので、転職活動の際によくエージェントや就職先と相談してほしい。

 

まとめ

いかがだっただろうか。

製薬企業が求めている医師とは「ちゃんと臨床に取り組んでいて、アカデミックな活動も頑張っていて、プライドが無駄に高くなくて周りを巻き込むコミュニケーションがあり、英語もある程度しゃべれる、都市部に住んでいる医師」である。

割と常識的な条件で、まじめに頑張っている人であれば、それなりにたくさんの人が該当するような気もする。

是非、自身のキャリアの選択肢に、製薬企業への転職を加えることを検討してみてほしい。