臨床医からグローバル製薬企業への転職

私は2019年7月より、外資系製薬企業のメディカルアフェアーズにて企業内医師として従事しています。実際に働き始めてから本稿執筆時点で半年弱しか経っておりませんが、感覚が新鮮なうちに書くことに価値があると考え寄稿させていただきました。自分は医学生の頃からアメリカへの臨床留学を目指し準備をしていました。米軍病院在籍中にUSMLEを取得しましたが、その後に方針を変更、留学を断念しました。その後は湘南鎌倉総合病院に総合内科医として充実した日々を送っておりましたが、新しいことに挑戦したくなり、今回の転職に繋がりました。本稿では実際の転職体験記から、企業に勤めてみる日々で感じていることを記載させていただきます。

【製薬企業は臨床医を常に探している?】
そもそも製薬企業が臨床医を採用していることをご存知でしょうか。産業医ではなく、企業の中でサラリーマンとして従事する医師のことです。一般的な医師向け転職サイトを眺めているだけではあまり募集はありませんが、Linkedinに代表される英語転職SNSに登録すれば、あっという間に多くのリクルーターから内資・外資製薬企業への転職案件が届くようになります。転職エージェントによると、海外では製薬企業は臨床医にとって人気のキャリアだそうです。
医者が転職することが多い部署としては、開発部、安全性管理部、メディカルアフェアーズ部、などが挙げられます。製薬企業にはビジネスユニットや法務、人事、経営企画部などの企業として一般的に存在している部署もありますが、そういった部署に臨床医が転職することは稀です。実際に転職エージェントからも開発などのサイエンスを取り扱う部署への転職を勧められます。転職要件としては、臨床経験が一定期間あることと、英語力があることなどが求められる事が多いようですが、かなり融通が利く印象です。

【企業内のポジション】
転職して最初に感じたのが、製薬企業内での仕事と臨床医としての仕事は相当距離感があるということです。特に臨床をバリバリやっていた人が、その経験が活かせる場面はそこまで多くない印象です。逆に、研究立案、統計解析、論文執筆など、アカデミックな活動を多くやっていた医師の方であれば、仕事で取り扱っている案件の中身に入りやすいと思います。
医師が製薬企業に就職してどのような価値が提供できるでしょうか。まず誰でも思いつくのが、医学や科学に対する知識でしょう。しかし、知識面での貢献はかなり限定的であると思われます。製薬企業で働く方々は、商品に関連する疾患に関してはとてつもなく詳しいです。最新の論文を読んでいることはもちろんですが、多くの学会にも出席されますし、未公開の研究にも精通しており、専門医にも負けない知識をお持ちの方が多く在籍されています。通常の臨床医であれば、知識だけで製薬企業内で活躍するのは厳しいのではないでしょうか。
また、実際の業務においては、多くの関係者と利害関係を調整しながら業務を進める必要があります。臨床では医師が一方的に多職種に指示を出すシーンが多いので、この仕事の進め方の違いにも適応する必要があるでしょう。
次に、比較的臨床医からの転職先として多いと思われる、開発部とメディカルアフェアーズについて概説します

【開発部】
開発部で取り扱う業務は、基本的には治験に関連するものです。大学病院に代表される研究病院と連携し、Global共同治験を日本で執り行います。NEJMやLancetに載るような大規模試験に関わることができます。実際のPhase 3の研究は、日本支部ではなくGlobal本社が計画・主導し、研究プロトコル(研究の計画書)も本社が作ったものを、各国の事情に合わせて修正します。
開発部の人材に求められる能力ですが、薬に対する医学的な理解はもちろん、効果や副作用に関しての深い知識、臨床研究の手法に精通していること、治験担当施設の医師とのコミュニケーション力、プロジェクトを取り仕切るマネジメント能力、グローバル本社と協同しながら仕事を勧めていくための高い英語力などが必要になります。
開発部には、多くの医師が在籍していますし、開発部の要職はMDである企業が多いです。

【メディカルアフェアーズ】
メディカルアフェアーズでは、医師と医学的科学的な観点からのディスカッションを行い、疾患啓発や処方の適正化を図ろうという部署です。対象となる薬剤は主に市販後のものになります。具体的な業務としては、領域をリードしている医師から最新の知見を得るための面談、市販後データ解析・論文誌筆、学会発表、患者向けの疾患啓蒙セミナーを企画、勉強会の援助などがあります。その他ウェアラブルバイススマートフォンアプリなどに関わるなど、幅広い業務を行っていますが、各社かなり差がある印象です。
これまでは製薬業界では、医師への接待や医療と関係ないイベントへの援助をするなど、医学とは無関係の内容で営業をしている面がありました。業界としてはそのような活動は自重されてきております。営業のKPIは当然「自社製品の売上」ですが、メディカルアフェアーズ部でのゴールは売上ではなく「いかに医学的科学的に深くて実りある活動が出来たか」で判断されます。医者への接待が制限されてきた現代では非常に大きな意味を持つ部署になっており、各製薬会社がこぞってメディカルアフェアーズかそれに類する部署を拡充しております。

【英語力】
外資系製薬企業ではネイティブ並の英語力をもつ方が多く在籍し、役員レベルだと外国人が多くなります。そのような環境で自分をアピールし評価されるには、英語力が必須となります。書類作成やプレゼンも基本的には英語で行う必要があります。しかし入社時にそのレベルの英語力が無いと採用されないわけではなく、入社後に身につけても問題ない事が多いようです。

【臨床続けることはできる?】
これは個人の希望や企業間で違うようですが、時々は病院に行って外来診療を継続する企業内医師が多いようです。週1で外来+週4で会社勤務、といった働き方を許容してくれる企業もあるようです。私自身も週に1回は外来業務を行っております。学会参加なども事前に申請さえすれば認められるケースが多いようです。

ワークライフバランス
各企業感で程度の差はあると思いますが、多くの企業で裁量労働制、リモートワーク、在宅勤務を取り入れています。当然ながら呼び出しや当直は課せられませんので、それだけでも勤務医よりは労働環境は整っていると言えるでしょう。

【まとめ】
製薬企業での業務当然ながら臨床医とはかなり違った業務内容ではありますが、大きなプロジェクトを数多くのメンバーで遂行することはとても新鮮です。アカデミック要素だけでなく、ビジネス的な視点や、その他臨床以外からの医療への貢献に興味があれば、魅力的なキャリアになりうるのではないでしょうか。