製薬企業における「開発」とはなにか

物質Aは、理論的には疾患Xに著明な効果を示すはずだが、まだネズミとサルにしか投与しておらず、人間に投与したら何が起こるかは未知数である。仮に疾患Xに効いたとしても、昔からある薬Bのほうが効果が高かったら、存在する価値がない。国民の税金を財源とした医療費を無駄に消費するだけのゴミである。

物質Aがゴミでなく待望の新薬として認められて販売されるには、比較試験を始めとした数々の検証作業を経る必要がある。一般的には、

 

人体への投与→人体での容量調整→効果の確認→承認申請

 

このようなプロセスであり、グローバル製薬企業においては、これを狭義の開発と呼ぶ。担当する部署は開発部R&D (Research and Development)である。新薬を開発し、それを売ることで利益を上げている製薬企業にとっては、まさに生命線だ。

 

ちなみに基礎レベルの開発(研究所でマウスにやシャーレを相手にして行う研究)は、基本的には自社内では行っていない。かつては多くの製薬企業が自前の研究所で開発を行っているケースが多かったが、開発難易度がどんどん上がり打率が下がってしまった現代では、非効率的とみなされている。これは魚を養殖する際に、卵から育てるのか、ある程度育った稚魚を捕まえてきて育てるのか、の違いと同様である。多産多死型の魚では、卵→稚魚の家庭でその99%が死んでしまう。このようなケースでは、卵の世話をするよりも、淘汰を受けて生き残った稚魚を捕まえてきて育てるほうが効果的だ。今でも内資の製薬企業は自社のラボラトリーで頑張っているところもあるようだが、規模は縮小している。

 

捕まえてきた稚魚(ある程度薬として使える可能性が高い物質)を、まずは数人の健康なボランティアに投与してみる。重大な副作用がないか確認するためだ(Phase 1)。人体に投与しても一応は大丈夫そうであれば、次は薬の適切な投与量を見出す必要がある。ボランティアの患者に対して、容量を数パターンに分けて投与してみて血中濃度を測る(Phase 2)。ベストの投与量が2種類ぐらいに決まれば、いよいよその薬を多くの患者に投与して治療効果があるか検討する(Phase 3)。この最後の検証には、RCT無作為比較試験、という研究手法が取られる。以下に超簡単にその流れを記す

 

治験に協力してくれる患者さんを募集する(その病気Xを持っているのは前提。重要なのが、それ以外の問題がない、という点)

 ↓

全体を半分に(AチームとBチームに)分ける

 ↓

Aチームには新薬、Bチームにはプラセボ(偽薬)を投与する(患者さんはどっちを投与されているかわからない)

 ↓

予め設定した期間終了後、AチームとBチームのどちらがよく治っているか比較する

 

比較試験の結果は、論文という形で公開されている。NEJMやLancetに乗るような研究論文は、製薬企業が多額をつぎ込んだRCTで埋め尽くされている。これらの基本的にGlobal本社が主導し、研究プロトコル(研究の計画書)も本社が作ったものを、各国の事情に合わせて修正する。

 

人体に投与した際の薬物動態、先の比較試験の結果、副作用の一覧などをまとめ、それを各国の新薬承認機関(米国ではFDA、欧州ではEMA、日本ではPMDA)に提出する。これで認められれば新薬として販売可能となる。値段は、開発費用や想定される患者数、売上などを勘案して決まっていく。

 

これが製薬企業における「開発」の概説である。開発部の人材に求められる能力を考えてみる。薬に対する医学的な理解はもちろんだが、期待される効果や副作用に関しての深い知識、臨床研究の手法に精通していること、治験担当施設の医師にヘコヘコしつつ患者の組入れを進めるコミュニケーション力、巨大プロジェクトを取り仕切るマネジメント能力、グローバル本社とアラインしながら仕事を勧めていくための高い英語力などが、R&Dに求められている能力だ。

 

医師の読者の方は「俺も役に立つんじゃね?」と感じたかもしれない。実際、開発部には、比較的多くの医師が在籍しているし、結構偉い人がMD(医師)である企業も多い。興味があれば、ぜひ転職エージェントに話を聞いてみてほしい。

 

(自分は開発に所属しているわけではないので、不正確な面はご指摘ください)