製薬企業のビジネスをサラリーマン歴4ヶ月の医師が語る

前回の記事にも書いたが、新薬の開発には大変な手間がかかる。

物質として作成した時から実際に販売されるまでは、短くても10~15年、費用は1000億円ぐらい必要となる。化学合成物質による新薬はもはや鉱脈が彫り尽くされ開発不能と言われていおり、現代では分子生物学の知見を応用した抗体製剤、免疫機構を逆手に取った抗がん剤、抗マラリア薬などの感染症薬などが開発の中心である。これらの開発難易度は非常に高く、開発費が膨らむ原因となっている。そのため各製薬企業の開発費は何千億~兆の単位の投資が行われている。例えば、国内最大手の武田薬品工業は、年間3123億円を研究開発費に投資している。開発費を積めば積むほど成功率は上がるのだが、開発途中で、効果が認められなかった、重要な副作用が見つかった、などを理由に開発そのものが中止になってしまう事もよくある。

これらの投資を回収するためにも、新薬の値段が高くなるのは理解出来るだろう。しかし医療用医薬品の価格はメーカーが自由に決めることはできず、全国一律の公定価格である「薬価」は国が決定している。医療費を抑えたい国と、投資額を回収し収益を上げたい製薬企業との間で、妥協なき交渉が行われるのだ。

ところで、開発した薬の「製造工程」そのものには実は対して費用がかからない。開発をスキップして他社が開発した薬をコピーし、製造だけに集中すれば簡単にボロ儲けできてしまう。逆に開発元の売上げはコピー品にシェアを奪われてガタ落ちし、開発費用を回収できず大損こいてしまう。製薬企業が開発を頑張らないと新薬が出てこない(医学が進歩しない)ので、結果的には国民も困る。

これを解決するのが特許制度と、それに伴う独占販売期間である。

特許が取得できれば、通常、20年間の独占期間がその国において認められる。製薬企業のビジネスでは、特許が取得できて知的財産として確定されてから、本格的な開発が開始される。前述の通り、開発には10-15年もの期間がかかる。開発は特許期間中に行われるが、当然その間は販売できない。つまり開発中は特許の寿命が減っていく中で、利益も挙げられない。承認・販売にたどり着いたときには、特許の有効期限は残り5-10年しかなく、開発元の製薬会社が実際に新薬を独占販売できるのはこの期間に限られる。開発元の薬はこの独占機関に、売れるだけ薬を売りまくるのだ。

当然この期間中は他の製薬企業は同じ薬を製造・販売してはいけない決まりになっている。期間の長さは薬の種類や国によって違うが、大体同じようなものである。

独占期間が終了すれば、他の企業も同じ薬を自由に製造できるようになる。安い後発品(ジェネリック)がオリジナルのシェアを一気に奪い取る。これが、程度の差こそあれ、すべての新薬に共通するライフサイクルである。繰り返すが、開発元の企業からすれば独占期間中にどれだけその薬を売れるかに全てがかかっている。MRさんが必死こいて売り込みをかけてくる商品は、基本的にはにこの独占期間中の薬のみである。

医療費に対する意識が高い米国や欧州では、ジェネリック販売後わずか1年でジェネリックの割合は90%を超える。新薬は文字通り商品として死を迎えるのだ。(ちなみに日本人は医者も患者もジェネリックが嫌いな人が多いので、1年経ってもジェネリックの割合は50%ぐらいらしい(これでもすごく増えた)。国民から見れば薬を安く買えるようになるのでハッピーなのだが、その頃には更に良い薬が発売されていることだろう。

グローバルな製薬企業では、こうした独占販売中の薬剤を数種類抱えているのが普通だ。それらは販売開始の時期にずれがあるので、毎年自社商品のいくつかが寿命を迎えても、常に一定の収益を上げ続けることが出来る。

製薬企業の短期的な将来性は、開発を終えて承認される予定の新薬をいくつ抱えているのかが全てなのである。