あなたに処方される薬を医者はどうやって決めているのか?あるいは製薬企業のマーケティングとは何か?

前回の記事で、承認された新薬には独占販売期間があり、その数年間で売りまくって利益を上げる、という話をした。それはそのとおりなのだが実際のところはどうなのだろうか。

医療界に一般的なことだが、一つの病気に対して、常に何種類かの薬の選択肢がある。わかりやすいのでは高血圧だ。降圧薬にはそれこそ20種類近い選択肢がある。その豊富なラインナップの中から、医者はどのように処方薬を決めているのだろうか。

20種類あるうちの中で、薬の作用機序で大きく5グループぐらいに別れる。降圧薬で言えば、calciumチャネルブロッカー、ACE阻害薬、ARB、アルドステロン拮抗薬、などである。医師からすれば、これらの作用機序が違うことは知識的にわかるし、臨床研究などでそれぞれのグループがどのような患者に向いているのか、ということも判明している。最新のガイドラインなどを参考にし、目の前の患者に科学的医学的な観点から適切に処方すれば良いのである。

困るのが同じグループ内で複数の選択肢がある場合である。例えばARBでは、オルメテック、ディオバン、ブロプレス、ミカルディス、ニューロタンなど、いくつもの選択肢がある。医師はこの中からどのように選んでいるのだろうか?

一番正しいのは、医学的科学的に適切な薬を処方することである。同一の作用機序の薬同士は確かに似ているのだが、前述の特許制度があることからもおわかりのように、厳密には違う仕組みで作用する薬である。その差異をもって、一番良い薬を選択すればよいのだ。患者にとってもこれが一番良いことである。

問題は多くの場合、同一作用機序の薬同士から、適切な薬を選ぶ根拠となるわかりやすい医学的情報(エビデンス)がないという事だ。疾患Xに対して薬Aと薬Bのどちらがよいか?という命題に明確に答えるには、無作為比較試験を行う必要がある。この試験には莫大な費用と期間がかかるので、基本的には製薬企業主導でしか行われない。しかもそもそも似た薬同士の対決なので、自社製品が負けるリスクも大きい。そのため、基本的には同一作用機序の薬同士の無作為比較試験は行われない。

無作為比較試験という最も信頼できる情報が無い以上、それ以下の信頼度となる間接的に比較された研究、教授や先輩医師からの指示、製薬企業主導の勉強会/研究会で得た知識、MRさんから差し入れられたお弁当の良し悪しなどが決断の拠り所となる。

僕は医学生の頃から意識高い系wを自称していたので、製薬企業の息がかかったイベントには行ってはいけない、と教わっていたさは、考えていた。製薬企業はどれだけフェア中立を謳っても営利団体であるため、バイアスのかかっていない情報は提供できないと考えていた。そこで、海外文献を読み漁ったり、製薬企業とは無縁の勉強会などに趣き、知見を深めていた。自分としてはこれが当然だと思っていたのだが、どうも大多数の医師は怠慢なので、咀嚼された耳障りの良い情報源にアクセスしがちだ。

自分自身が製薬企業に入って、まさにそのような情報を作り出す側に回った今思うのだが「製薬企業の提供する情報も、結構まとも」である。それでも営利団体である以上、提供する情報がどこまで客観的かと言うと疑問の残るところである。

ARBを処方しよう!と医師が考えてたときに「ARBといえば、オルメテック」という認知を持つ医師がいたとする。こうした考えの医師が増えれば増えるほど、オルメテックの売上は増える。製薬企業のマーケティングとは、このような認知の植え付けをし合うバトルなのである。

昔は、自社製品を処方してくれるように医師をキャバクラ連れて行ったりとか、医局内の全然関係ないイベント(教授就任パーティなど)に製薬企業が多額の援助をしたりとか、かなり露骨な営業をしていた。最近ではそのへんは業界として自重されてきて、医学的な啓蒙以外の営業はかなり規制されている。それでも、製薬企業の職員の半分がMRであることを考えれば、まだまだそのようなアプローチが業界のスタンダードであると言えるだろう。

近年登場してきたトレンドに、メディカルアフェアーズである。医師と医学的科学的な観点のみからのディスカッションを行い、疾患啓発や処方薬の医学的な適正化を測ろうという部署だ。具体的な活動としては、その領域の偉い人から最新の知見を得るための訪問、先行論文のサブ解析を発表、患者向けの疾患啓蒙セミナーを企画、などを行っている。マーケティングや営業のKPIは当然「自社製品の売上」なのだが、メディカル・アフェアーズ部のKPIは、医学的に実りのある付き合いができたかどうか、である。なんとも曖昧な指標だが、医者への接待が制限されてきた現代では、非常に大きな意味を持つ部署になってきている。各製薬会社がこぞってメディカルアフェアーズかそれに類する部署に注力し始めていることが。その流れを裏付けている。

この新しいトレンドに関しては、また時間をとって詳説させていただきたい。