医師とサラリーマンのワークライフバランス

5年と数ヶ月、臨床医としてのキャリアを歩んできた。現在は一旦中断し、製薬企業で働いている。転職を決めたときは様々な葛藤があったが今では概ね楽しく生きている。

臨床医から製薬企業への転職する理由として「ワークライフバランス」が挙げられる。医療業界のバズワードから、燃え尽き症候群/バーンアウト症候群が消えることはない。仕事やプロジェクトに傾倒しすぎてワークライフバランスが極端にワーク側にずれ、結果的にヤル気が枯渇してしまう。仕事に対して嫌気が差してしまい、体調を崩してしまったりすることである。

僕が医師という「激務」な仕事に従事していた頃は、朝早くから夜遅くまで仕事場にいる日が多かった。定時の仕事以外にも「当直・日直」と呼ばれる業務があり、平日夜中や休日にも働いていた。こんな働き方をしていると、基本的には毎日仕事場に行くことになる。これに加えて学会活動や発表の準備などが重なると(医学的な発表の準備には電子カルテが必要)さらに仕事場にいる時間・行く日にちが増えていく。

「医者ってもともとそういう仕事じゃん、人の命を扱うのだから責任感は重いんだよ。」そう言われることもある。それでも職場から逃れられない生活というのは、結構辛い。医者業というのはやりがいを感じる時間が多いのだが、嫌だな、めんどくさいな、と思う瞬間もやはりある。そのような時間の方がむしろ多いかもしれない。そんな瞬間が続いてくると、やはりめげそうになる。これに加えて嫌な上司や同僚が職場に居ると、一気に精神崩壊してしまう。僕の同僚でも、何人か仕事に来れなくなった人がいた。彼らはやる気がなかったり不真面目だったりするわけではなく、当初はむしろ真面目で熱意に溢れている人たちだった。不登校と同じような感じで、最初は単純に行きたくなかっただけだったのが、途中から本当に行けなくなってしまうようである。

僕は世間的にはブラックとされる職場にいたが、今回の転職にワークライフバランスの改善を目指した意図はない。後期研修医という身分だったが、マネジメント側に居てかなりの裁量を持っていたので、当直さえなければ帰宅時間はかなり融通が効いた。仕事の内容はとても満足していたし、やりがいも感じていた。周りの目を気にせず、帰りたいときに帰るので(けっこう自己中なので)仕事が大変で追い詰められることはなかった。これからもそういった問題とは無縁であるように思う(重症患者が増えると、そうも言ってられなくなるのだけれど)。

あらゆる仕事に共通する真実だと思うが、仕事をこなす上で「周りに迷惑をかけない最低レベルの仕事」と「プラスαの価値を加えた100点の仕事」では、投入する時間が1.5倍~2倍ぐらい違う。「疲れたな」と感じた時、遅くまで残ってその仕事を完璧にしようとする人と、途中で方針転換し最低限のレベルをこなして家に帰る人がいる。自分の意志で遅くまで残っているのなら問題ないが、性格的に妥協できないだけの人(でも体力はない)だと、かなり辛くなってくる。

やりたくないことや、受動的にワーク・ライフ・バランスを崩されるのは非常にストレスだが、やりたいことや自分の意志で長時間労働している人は、特にストレスを感じないのだと思う。落合陽一氏の本にも「僕はワークライフバランスなんて気にしたことがない」と書いてあった。氏いわく、自分は仕事そのものにストレスを感じていないため、仕事を継続し続けるということが苦ではない、というのである。確かに一理ある考え方だと思う。仕事=ストレスフルという前提がではなく、仕事そのものにストレスを感じていなければ、無限に仕事をし続けることが出来る。

そもそもワーク・ライフ・バランスを、職種のせいにするのがよくわからない。日本で臨床医をやっている限り、選択肢はのすごくたくさんある。臨床医として勤務した時に、労働時間が長い病院と短い病院では、同じ給料でも2倍以上差がある。働くのが大変であれば、労働環境が良い職場に移ればいいだけだ。もっと言えば、楽な科にキャリアチェンジするという手もある。

そういう事ができないから、皆文句を言うのだろうけれど。キャリアやプライドは、時として自分のQOLや他の家族よりも重いのだ。

 

サラリーマンになったら当直もないし、土日祝日も休みである。ビバ時間外/夜間/休日労働!であった頃と比較すれば、雲泥の差である。でもそれだけで、自分の生活の質が上がるかと言われると甚だ疑問だ。

人は、根本的には楽をしたいわけではないのだと思う。夢やヴィジョンを持って、ある程度の負荷を感じながら、成功を積み重ねたときに生きがいを感じている。逆に言うと、セルフコントロールを超えた負荷がかかったと時に急にストレスを感じるのだ。

快適さと適切な負荷。自分を知り、世界を知り、ワークライフバランスを常に理想の場所におけるように努力し続けなければならない。社会に文句を言う前に、自分を適切に管理できるようになりたい。