【若手医師のキャリアパス】一般病院、大学病院、開業医、製薬企業MDの特徴を比較してみた

若手医師のキャリアとしては、以前は出身大学の興味のある教室に入局し、そこから派遣されたり留学したりしながらキャリアを形成、一生を終えるというのが一般的であった。最近では、市中病院でガッツリと臨床に取り組み、40-50歳の段階で院内で副院長などのポジションを目指すか、地域で開業するというルートも王道になりつつある。

しかし、一般病院の勤務医といっても、外科や循環器のようにほとんど病院に住み込みで働くものから、外来オンリーの内科やマイナー科の様に、9時5時でゆるく働く勤務医まで大きく幅がある。他には、医師10年目ぐらいで開業する人もいるし、自分のように外資系製薬企業に勤める医師も存在する。

このように、医師のキャリアパスは多様化している。それにもかかわらず、多くの若手医師は自分の所属する狭いコミュニティの中でしか参考になるキャリアを知ることが出来ず、結局はその職場における先輩諸氏と似たような医師人生を歩むことがほとんどだ。若くして開業したり、企業に就職するような、マイナーなキャリアを歩んでいる人から、詳しく話を聞く機会は非常に乏しい。

本記事では、私の知人で興味深いキャリアを歩んでいる医師の方々の協力のもと、医師の働き方の分類と、それぞれの働き方特徴について比較検討してみたい。

本比較が、人生に悩める若手医師のキャリア検討の一条になれば望外の喜びである。

医師のキャリア分類

厚生労働省の発表では、2020年12月31日現在で、医師数は33万9,623人でであった。その内、病院勤務医(入院ベッドがある病院)が21万人(64%)、診療所勤務医(入院ベッドを持たない病院≒開業医)が10万人(32%)、介護関連施設/行政/産業医の合計で1.3万人(4%)であった。製薬企業のMDは集計には入っていないが、リクルーターの情報では大体300人程度(0.001%)と見積もられている。

しかし、序文にも書いたが、一言に「勤務医」といっても、市中病院と大学病院の勤務医では働き方が大きく異なるし、同じ市中病院の勤務医同士でも、メジャー科の医師とマイナー科の医師では労働時間が2倍ぐらい差があることもよくある。

以上を踏まえ、本記事では医師の働き方を、1. 一般病院勤務医、2. QOL重視勤務医、3. アカデミック病院勤務医、4. 開業医、5. 製薬企業MD、で5種類に分類した。以下に各分類の概要を示す。医系技官、介護施設勤務医、産業医はサンプルがなく、今回は含めなかった。

  1. 一般病院勤務医:都市部の市中病院で、研究ではなく臨床を中心としている医師。専門内科や外科系などのメジャー科で、仕事を第一に日々の業務に邁進している
  2. QOL重視勤務医:総合病院やクリニックに勤務しており、外来のみの内科や、眼科や皮膚科などのマイナー科の勤務医。仕事内容よりもワークライフバランスを優先している
  3. アカデミック病院:大学病院や都市部のがんセンターなどに勤務医。臨床に加え研究にも多くに時間や労力を割いている。収入はバイトや時間外労働の割合が多い
  4. 開業医 :美容整形などの自由診療科は除く、保険診療の範囲での開業医を想定
  5. 製薬企業MD :製薬企業のメディカルアフェアーズや開発部に身を置く医師

 

調査法とその結果

1)一般勤務医→製薬、2)一般→アカデミック→製薬、3)アカデミック→一般勤務医→開業、というキャリアを歩んだ10年目医師3名の協力のもと、暫定的なドラフトを作成。一般人からの印象、業務困難さ、時給、感謝され度合、アカデミックさ、英語、WLBにてそれぞれ○△×の評価を行った。暫定版を私のFacebook上に公開し、5名の医師の方々から意見をもらい微調整を行った。以下の表に結果をまとめる。

一般人からの印象

医師は、社会ウケが非常に良い。親や親戚など、やや年齢層が高い人からの評価は全職業の中でもトップレベルである。一般勤務医というだけでも印象は非常に良いが、さらにその中でも大学病院や有名なブランド病院、がんセンターなどのアカデミックな病院に対する印象は更に良い。専門科は、循環器や消化器のようなメジャー科のほうが、皮膚科や耳鼻科のようなマイナー科より評価が高い傾向にある。

開業医も決して悪くはないが、大きな病院でバリバリ働いている医師と比較すると若干劣るのは否めない。「開業医の先生は軽い病気を見ている」というイメージが強いことが影響しているのだろう。

この中で、一般人からの印象が一番低いのが製薬企業のMDだ。製薬企業にMDは、「非」医師になってしまうという点において、他の臨床医キャリアとは一線を画す。製薬企業MDは、もはやお医者様ではなく、医師免許を持っているのにサラリーマンをしている奇特な人である。その証拠に、臨床医から製薬企業へ転職しようとすると、親や親戚などの一般人は当然として、職場の上司(医師)から、ものすごく反対される。

臨床医としての社会的評価を当然のものとして受け入れている人からすると、製薬業界に転職してこの評価を失うことは非常につらいものがある。

 

業務の困難さ

一般的なプロ意識で取り組むと仮定し、簡単が×で困難が〇と定義した。評価軸が逆ではないかと思われる人も多いかもしれないが、私自身の考えとして簡単な仕事をいくらやっても全然やりがいを感じられないので、困難な方が評価は高いと定義した。

なお、ここでいう困難さには、労働のキツさというのはあまり組み入れておらず、どれだけのスキルや知識、および自己研鑽が必要とされるかという観点で検討してみた。

アカデミック病院勤務医および一般市中病院勤務医は、様々な医学的問題点が複雑に絡み合った重症患者を最先端の医療で治療している場所であり、極めて高度な仕事が行われているといってよいだろう。どちらも高評価としたが、アカデミック病院の方がより難易度の高い症例が多いケースが増えると考え、より上位に置いた。

QOL勤務医及び開業医は、基本的に対象としている疾患がシンプルで画一的な対応で済むことが多いので、低評価とした。QOL勤務医は、多くの患者を画一的な対応でさばくという点で開業医と同類だが、専門性の高い科であることも多いので若干高い評価とした。

製薬企業MDの場合は特殊で、仕事の困難さはやる気がなければとてつもなく簡単になるし、やる気があればどれだけでも難しいプロジェクトに取り組むことが出来る。自分の働き方で困難さが大きく変動することが特徴のため、△~〇とした。

 

給与(時給)

これは手取り額ではなく、時給で検討した。

まず一番低いのが大学病院などのアカデミック病院で、基本給が圧倒的に安い。だいたい600-800万程度である。そのため、このような病院の勤務医のほとんどは定期的なアルバイトや時間外勤務をしており、そこからの収入を合わせればそれなりの金額(1300-1500万)にはなっている。しかし労働時間が圧倒的に長いので、時給は低いと評価させていただいた。一般病院勤務医は大学病院勤務医と比較すると基本給が圧倒的に高い(1000-1500万)。しかしながらそれでも労働時間が長いため、△とした。同条件で勤務時間が短いQOL勤務医は〇とした。

製薬企業MDは非常にワークライフバランスが良く勤務時間が短い上、患者を相手にしているわけではないので、急な休みや長期休暇などもやすい。それでいて基本給だけで同年代の一般病院勤務医の(基本給+時間外+バイト)よりも若干多い(1300-1800万)ので、非常に時給は良い。

一番給与が高いの開業医で、平均年収2500万と他を圧倒する給与であり、◎とした。ただ、これはあくまで平均年収であり、美容整形/皮膚科に代表される自由診療の開業院の桁違いの年収も組み込まれていと考えると、一般的な内科開業医であれば、2000万弱というのが実情ではないか。開業医は意外と長時間労働であるし、何よりビジネスとして成功できるかというのは不確かな面もあり、ハードワークの割に実入りは少ない、といったケースもよく聞く。

 

感謝され度合

日々の業務でどれだけ患者(客)から直接的に感謝されるか、という視点である。臨床医ほど、直接的に他人から感謝される仕事はそう多くはない。その中でも、命にかかわるような病気を抱えた患者に日常的に接する一般病院勤務医とアカデミック病院勤務医であれば、一般の人では一生に一度あるかないかのレベルでの他人からの感謝を日常的に受ける。もちろん治療がうまくいかず失意に沈む患者やその家族もいるのだが、それでも臨床医が日常業務で受け取る感情面での報酬は、ほかに類を見ない。

命にかかわらないようなマイナー科で業務にあたるQOL勤務医や、軽症の患者しか基本的には担当しない開業医であれば、患者から感謝される程度は、かなり下がる。その代わり、若い患者が手を尽くしたのに死んでしまう、といった極限の状況も少ないので大きな悲しみもない。比較的安定してちょっとずつ感謝されるのが特徴だ。

製薬企業MDは、基本的には患者やその家族と接することはない。メディカルアフェアーズであれば、患者向けの企画などでコンタクトすることが無いわけではないが、その患者の主治医として接するわけではないので、そこまで深く感情面でつながることはない。

ほとんどの場合、製薬企業に勤務するということは、「患者から感謝される」という何物にも代えがたいやりがいを、手放すことになる。

 

アカデミック

試験立案と遂行、論文執筆、学会発表などにどのくらい関わるか、という視点である。一番上位に来るのが大学病院をはじめとするアカデミック病院の勤務医で、そもそも研究がやれるから大学病院等に勤務しているという人が多い。アカデミックの活動の実績はアカデミック病院においては博士号の取得や医局内のポストの上昇など、キャリアにも直接大きな影響を与える。

一般病院ではどうだろうか。一般病院の勤務医の多くは臨床業務の優先度と分量が非常に多く、なかなかアカデミック活動の時間を取りたくても取れないという人が多い。組織としてアカデミック活動は推奨されていることが多いようだが、臨床を犠牲にしてしまっては評価も下がる。市中病院の勤務医は大学病院などと比較するそのような活動の優先順位は低いと考えられ、△とさせていただいた。

製薬業界MDは、ある意味アカデミックな活動が業務の中心であり、開発部であればグローバル治験、上市後の製品に携わる部署であっても企業主導型研究や学会発表などを行う。大きな特徴は、個人の興味でテーマや内容を選べず会社の都合で方向性が決まるという点と、必ずしも自分の名前が表に出ず、会社名や研究責任医師の名前が前面に出るので自分個人の実績になりにくいという点である。しかし、それでもNEJMやLancetに載るような大規模グローバルPh3試験など、非常に規模が大きい研究に携われるというのは魅力的である。

開業医は一部の特殊な研究を除いてほとんどアカデミックな活動は行えないし、QOL勤務医はその定義上お金にならない業務は最小限にしたい方々なので、×とさせていただいた。

 

Global(英語)

製薬企業MDの場合、外資系であれば、部署によっては日本に勤務していながら日常的に英語での資料作成やコミュニケーション(オンライン会議やメール等)を行うことになる。多数のネイティブが参加するオンライン会議に日本チームの代表者として参加し、適切なコメント述べなければならないというような緊張感のある状況や、海外の著名な医師との面談など、日本国内で臨床医をしているだけではなかなか得られない刺激的な英語バトルを堪能できる。これは他のは働き方では得られないものであり、グローバル企業に就職する大きな魅力の一つだろう。

臨床医はほとんど英語を使わないが、その中でも比較的英語を使うのは、アカデミック病院の医師だろうか。その領域で世界レベルで有名な医師になったり、グローバル治験の担当医師になれば、英語でのディスカッションボードなどへ参加を依頼されることもいる。ただ、このようなレベルの医師は各領域のトップ10名ぐらいであり、一般的な10年目臨床医には縁のない話だ。

市中病院の勤務医と開業医においてはでは、患者は基本的に日本人であるし、仕事でかかわる人たちも日本人ばかりなので、日常業務で英語を使うことはほぼ無い。英語の二次文献や論文を読んだり、論文を自ら書いたりすることはあるかもしれないが、スピーキングやリスニング能力が試されることは無い。

英語をガンガン使ってグローバルな仕事がしたい場合は、製薬企業MD一択である。

 

ワークライフバラス(WLB)

労働時間、休暇日数、休みの取りやすさ、突発的な時間外労働の発生頻度などを総合し、ワークライフバランスとして検討した。

市中病院のメジャー科勤務医やアカデミック病院の医師は、自分の担当領域にもよるが、時間外での突発的な急変対応や土日祝日の勤務はほぼ必須である。少数のメンバーで多くの患者を管理している病院も多く、マンパワー不足から長時間労働が常態化している病院がほとんどだ。アカデミックな病院では、臨床の負担は市中病院課より少ないかもしれないが、臨床以外の研究活動や生活費維持のためほぼ必須である医師アルバイトをかなり長時間行う必要があり、結局は合計の仕事時間はかなり長くなっている。

WLB維持が最も重要になるのは、小さい子供がいる場合であろう。保育園を利用する前提としても預けられる時間には制限があるし、その日の朝になって突然子供の具合が悪くなって休暇を取得したり、勤務時間途中で保育園から迎えに来るように指示が出たりと、何かと突発的イベントが多い。ママドクターや共働き子育て医師の場合、メジャー科でガッツリと勤務医を続けることは、かなりハードルが高い。

勤務医であったとしても、科によっては外来しか行わず入院を持たなかったり、疾患特性上命に係わる急変が少ないところもある。そのようなQOL重視の勤務医の場合は、WLBは非常に良い。急に休暇が必要な場合にも、定型的な外来業務であれば、同僚の医師で代診が行いやすい。そのため、多くのママドクターはこのパターンで仕事を続けている。

開業医は、基本的には自分で設定した営業時間しか臨床は行ってはいないので、夜間急変や土日祝日業務は無いのでWLBは比較的良い。しかし、病院経営に関わる+αの仕事時間もかなりあるようである。そのため、稼働時間はQOL勤務医よりは長いと考えられる。

製薬企業MDのWLBは、かなり個人差や時期による違いがある。外資系企業であればグローバル本社が海外にあるので、時差の関係で定期的に18時-24時に実施される会議に参加する必要があるので、かなりプライベートの時間への浸食が大きい。他にも薬剤の承認申請時の当局とのやり取りが必要な時期は、連日の残業や土日返上勤務が発生することもあると聞く。

実際の患者を相手にしていないので、突発的な急変や夜間対応は発生しないし、基本的には裁量労働であり、設定されている勤務時間も9時00分-17時30分(+休憩一時間)であるので、ブラック勤務医よりはマシと言えるだろう。

一般的な勤務医と違う点としては、このような時間外の勤務は、基本的に事前にスケジュールが判明していることが多いので、調整が行いやすいという点である。また、ちゃんとした企業であれば、組織としてのマンパワーもあり、急な休暇取得や勤務時間の調整には非常に柔軟に対応できる。。突発的な事象が多い勤務医とは違い、「自分で調整が出来る」「事前に予定が分かっている」というのはWLB維持の上でとても大きい。

 

Discussion

本論考のリミテーションとしては、すべて私の知り合いの臨床医の善意によって情報提供で構成されている点がまず挙げられる。当然、直接給与明細をみせてもらったり、各情報提供者の親御さんに、お子さんの働き方に対する評価を伺ったりしたわけではないので、例えばイメージの箇所や、年収の箇所は推測が多分に含まれている。

しかし「2か所以上の働き方をしたことがある」という方に限定して情報収集しているので、それなりに意味のある比較になっていると自負している。

 

 

余談だが、本分析に際し、海外へ飛び出して臨床医をしている方からも情報提供いただいた。他国で臨床をするのはとてつもない挑戦で、一般人からの印象も最強レベルだろう。給与も日本より良い上、ワークワイフバランスも良い。適度にアカデミックで、おまけに公用語も英語である。

ある意味最強なキャリアかもしれないが、そもそも臨床留学のハードルが高すぎる。今回の考察の選択肢の中で同列に並べるのはふさわしくないと判断し、本検討からは除かせていただいた。

この場を借りて感謝を申し上げる。