臨床医を続ける限り、選択肢は減り続ける

医師のキャリアは、どんどん閉じていく。

選択肢が減っていく、と言い換えたほうが良いかもしれない。

医学部に入った時点で、医師になることが自動的に決まる。無限の職業が世の中にある中で、医師という仕事に限定される。18歳の段階である。他の学部でいきなり職業が限定される学部ってあるだろうか。

「医師になりたいから医学部に入ったのに、何が問題なの?」というツッコミもあるだろうが、僕はそうとも限らないと考えている。医学部に入るのは医学部に入りたいからであって、必ずしも医師になりたいわけではない。これは腑に落ちる人が多いのではないか。大学生の可能性は無限大だが、医学生の可能性はある程度定まってしまうように感じる。今では医学部から卒業し、研修医にならないで企業に就職する人も居るようだが、極めて稀だ。

医学部に入って卒業すると、初期研修医になる。この段階では、まだ選択肢の幅は学生の頃と大きく変化はしない。初期研修医の次、専攻医(後期研修医)になる時点から、話が変わってくる。この時点で、他のマイナー科や外科系は選択肢から消える。

その後、例えば循環器教室に就職したらどうなるだろう。まずは循環器内科専門医を目指す。これでほかの専門内科とはおさらばだ。その次にアブレーション専門医になれば、循環器科の中でも更に守備範囲が限定されていく。医師という仕事は、キャリアが進めば進むほど細分化が進み、専門性が高まり、その界隈でしか生きていけなくなる。

やり直しが効かないのかというと、原理的にはいつでも可能だ。ただ領域を変更した場合、一番下っ端になる必要がある。たとえば腎臓内科の専門医まで取得し40歳を超えて部長になったとき、「やっぱり外科医になりたい」と思いなおした場合、外科の研修医からやり直すしかない。部長→研修医、の落差は王が奴隷になるようなもので、とても常人に耐えられるような変化ではない。社会的地位も収入もガタ落ちである。非現実的だ。

 

サラリーマンの場合はどうだろう?

普通のサラリーマンはどうなのか。新卒で領域Aに入職し、領域Bのマネージャーになり、領域Cの部長になる。その後は領域Dの部長に転職、みたいなことが可能だ(少なくとも自分が所属している業界では)。

これは医師で例えるなら、内科の後期研修を終える→皮膚科専門医→心臓血管外科医の医長→耳鼻科の部長、みたいなキャリアパスである。これは到底ありえない。

サラリーマンは、偉くなるに従って、全体のマネジメントや経営など、よりジェネラルな能力が求められるようになることが大きいのだろう。領域毎に取り扱う対象は違えど、マネジメントや交渉といった能力には関係ない。各論的な仕事は部下に任せればいいので、その領域のことにものすごく精通していなくても、そこまで困らないのだ。

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自分の場合は、どうやって総合内科に決めたのだろう。

現場で働く日々の中で、「あーこの雰囲気は好きじゃないな」「この作業好きじゃないな」「細かい作業をずっとやるのを仕事にしたくはないな」「人と喋っている方が好きだな」みたいな要素を色々検討し、内科がベストと判断し、内科後期研修医になった。この選択は、今も変わらない。医師という仕事をし続けているなら、僕は他の科よりも内科医が向いているし、楽しめると思っている。事実、内科の後期研修医になってからは、初期研修医のときよりも、仕事が楽しくなり、より主体性を持って取り組めるようになった。

何年か臨床を続けていく中で、自分の10年、20年上の先輩や全国的な有名な医師を知った。自分が臨床医を続けていった先に、不断の努力と運があったとして、その人達と同様になれれば御の字だろう。でもそのゴールに、自分は満足できるのだろう。自問自答した。同時に「医師以外の道も検討しなければならない」と考え始めたきっかけにもなった。

自分の今取り組んでいることが本当にやりたいことで、それ以外に一切興味がなく、このまま突き進められれば幸せ。そのように心から思える人は、医師のキャリアパスは極めてわかりやすく、常に登っていく感覚があるので、かなり充実した人生を送れる。

自分は、なにか特定のやりたいこと、というよりは、「自分がなにかに挑戦することで、周りにポジティブな影響を与えている」という状態であることがゴールで、それを無限にレベルアップさせたいと思っている。そんな自分のPreferenceを考えると、臨床医という枠は一度外してみる必要があると考えた。

色々偉そうなことを言ってきたけど、実は未練たらたらです。ただ、狭くなるトンネルをひたすら歩いているようだった未来への展望が、転職を景気にガバッと広がった感覚はある。自分という存在の、医療界から少し外れることで、一般社会の中での価値に対して、フェアな姿勢で見つめていきたい。 

病院以外の世界を見て回って、自分の心に嘘をつかないで、生きていきたい。